Bouquet*

アイドルと声優が好き。

特別な日。

私は今I・N・O=NUT KIDを聴きながらこのブログを書いている。とっても好き。カラオケ行くと必ず歌うくらいには好き。辛いときに聴いて個人的に何度も何度も救われた曲。今日は何の日か。そんな曲を作った快くん改めよっちゃんの誕生日だ。誕生日おめでとう。つまり何が言いたいかというと、今日はよっちゃんを軸にV6について語ろうと思う。

よっちゃんとの出会い

なんかこんな風に書くとちょっとなんか変だな。でもこれ以外思いつかなかった、許せ!というわけで、まずよっちゃんのことをどうして知ったかというお話。私は今、大学1年生なのだが、よっちゃんのことは物心ついたくらいからは知ってるのかな?たぶん。というのも、私が小さいとき見ていた"ポンキッキーズ21"というテレビのレギュラーとしてよっちゃんは出演していたから。小さい頃の私からしたら、「なんだかおもしろいお兄ちゃんだなぁ」くらいにしか思っていなかったと思う。いつもにこにこしていて、近所に住んでいたらよく遊びたくなる感じのお兄さん、そんな印象。今でもそこはあんまり変わらないけれど、それがよっちゃんの第一印象。そこから少し大きくなって、小学生になったくらいかな。学校へ行こうを見ててある日気づいた。「あれ?このお兄ちゃんってもしかしてポンキッキーズの....!!!」。そう、"ポンキッキーズのお兄ちゃん=バラエティに出てるお兄ちゃん"という風に結びついた。でも、この頃はまだアイドルだってことをよくわかってなかったから、とりあえず面白いお兄ちゃんっていう印象だったことには変わらなかった。

アイドルとしてのよっちゃんを知る

そしてついに"学校へ行こうの面白いお兄ちゃん達=アイドル"という正しい認識を持つことになる2002年。Feel your breezeでコロッと健ちゃんに落ちた年ですね。音楽番組を見て全体的にまず驚いたっていうのをすごく覚えてる。「テレビでわいわいしてるあのお兄ちゃん達が....いつからこんなかっこよかったんだ....」と小1なりに驚いた。いや、お前が気づいてなかっただけだろっていうお話なんだけども。あんなにさらっとうまく歌う人知らない!!!と思った。確かに私はあの時、健ちゃんに落ちた。笑顔がかわいい人が大好きだったから。でも歌声で言うならよっちゃんが1番好きだった。歌声じゃなくても、親しみがわいてたのもよっちゃんだった。あんな近所のお兄ちゃんみたいな人(良い意味で)がアイドルとしてキラキラ輝いているのがすごいと思った。すごくかっこよかった。あのいつもの優しい笑顔で歌いながら踊ってるよっちゃんがかっこよかった。好きだ、と思った。それから私はV6を追うときに、自然と健ちゃんの次に目で追っていたのはよっちゃんだった。バラエティでも、歌番組でも。
ただ、私は小6の時に周りの環境が理由で担降りをした。ジャニーズどころかアイドルのことが嫌いになった。でも、よっちゃんは別だった。たしかにアイドルだし、ジャニーズだし、嫌いな理由には当てはまっていたけれど、彼は別だった。アイドルである一面はよく知っていたけれど、それでも一番最初に受けた印象が抜けなかったからだったんだろう。よっちゃんだけは普通に応援できた。V6をゆるゆるお茶の間ファンとしてひそかに楽しんでいたころよりは情報は明らかに少なかったけれど、普通にテレビも見てた。最近の話で言えば、あさイチなんかもたまーに見てた。特にあまちゃんの時期なんて朝ドラ受けが見たくて録画までしてた。私が出戻りする1年前の話である。今思えば、あさイチを見てよっちゃんにしっかり興味を持ち始めたあたりで、出戻りの可能性はあったのかもしれない。

出戻りしてから見つめなおしたよっちゃん

そして去年の1月。最初友達にゴリ押しされて見た永遠の0軍師官兵衛、そこから再びV6に注目しだした私は、まず手始めにセクバニコンのDVDを買った。AmazonのレビューやTwitterで聞く話を参考にする限り、なにやらやばいらしいと思って買ってみた。ただ軽はずみに買った。びっくりした。私は何度この人達に驚かされるんだろうと今思ったけど、ほんとにびっくりした。常夏VIBRATION止まりの私のV6の印象がガラッと変わった。そこには大人のアイドルとして輝くV6がいた。私の中で"爽やか系面白いお兄ちゃん"だったよっちゃんが"色気やばい系かっこいいお兄ちゃん"に変わった瞬間だった。完璧にV6にしか作り上げることのできない空気だと思った。SP"Break The Wall"やCrank it up!!などのダンスナンバーはもちろんかっこよかったし、You know?やSupernovaは色気ダダ漏れだし、なんなんだ。over30のおじさんたち素敵か。かと思えばNew Day、Catch、WALKの流れ。好きだ。私が知ってたV6にここの流れが恐らく一番近かった。でもそれ以上のものがあった。なんなんだ(2回目)。そしてセクバニコンを見たのをきっかけに少しコンサートDVDを集めてみることにした私は、まず最新のOMGコンを買った。もう、全体的に惚れた。完璧にV6に出戻った瞬間だった。ただし准担である。実は担降りする前、HONEY BEATの頃に私は健担から准担に担変えしていた。しかし、OMGコンでもやっぱり最初に注目したのはよっちゃんだった。特にFLASH BACKの「超えろ HORIZON」のところで惚れた。あのキレッキレのダンスも好きだと思った。Maybeでギターを弾くよっちゃんもかっこよかった。あんなにかっこいいのに、あんなにすごいのに、MCになると井ノ原節炸裂だった。私がV6から離れていた間にみんなすごく変わってしまったような気がしてさみしくなっていたから、「あ、こういうところは変わってないんだ」ってちょっとほっとした。ただし、私の知らない空白の2008年秋以降の5年半を埋めるべく、いろいろ調べた。本当に調べた。受験生だったのに。今思えば私はぎゅうぎゅう詰めになってやると確実に死ぬ(しかもそのまま本番でもやらかす)タイプだったので、バランスが取れていてよかったのかもしれない。調べていくと、そこそこ長く応援していたのに、初めて知るようなことが多かった。たとえば大阪から1人上京してきてひとりぽつんとしていた准くんに声をかけて一緒にバレーボールをしてたらメンバーが決まっていたこと。昔はよっちゃんがトニセンとカミセンをつなぐパイプのような人であったこと。全く知らなかった。小学生の時にそんなこと考えたこともなかった。今更知った事実にすごく驚いたし、今のV6でいてくれてよかったと心の底から思った。

こうして考えてみると、よっちゃんがいなかったらV6は今みたいな関係性ではなかったのかもしれない。もしかしたらトニセンとカミセンで全然違う活動を行っていたかもしれないし、どこかのタイミングで"解散します!"というお話が出ていたかもしれない。ifの話をしだすときりがないのであまり触れないでおくけれど、私は断言できる。井ノ原快彦がV6でいてくれてよかった。こうしてV6が20周年を迎えられるのも、(超個人的意見だが)カミセンの面倒を見ていたリーダーであるまーくんのおかげであり、トニセンとカミセンを繋いでいつも盛り上げようとしてくれたよっちゃんのおかげであると私は思っている。よく健ちゃんが"V6の太陽"と言われているし私もよく言うのだけれど、最近、実は健ちゃんより"V6の太陽"なのはよっちゃんではないだろうかという風に思う。トニセンに所属しながら年齢としてはカミセンの方が近く、でも大人チームのくくりにいれられておじさん扱いされるのは嫌だったかもしれない。でも、そんなよっちゃんだったからこそ、トニセンの気持ちもカミセンの気持ちも理解できるところがあったんじゃないかな、と思うのだ。どっちの目線にも合わせられる人じゃないとパイプ役なんて出来ないし、グループを盛り上げることも出来ないんじゃないだろうか。井ノ原快彦がV6でいてくれてよかった(2回目)。あんなかっこいいのに普段バカ騒ぎしてる系アイドル井ノ原快彦が大好きでたまらない。とにかく、だらだらとまとまりのない文章を書いてしまったけれど、とりあえず言いたいのは結局のところこれに尽きる。


よっちゃん、39歳の誕生日おめでとう。
仕事が大変だとは思うけど、体には気を付けて。
もし当たったら、秋のコンサートでは素敵な歌声と、あなたの優しい笑顔と、
キラキラ輝いてる姿をこの目に焼き付けさせてください。
ちょっと寄り道した時期もあったけど、2002年から追いかけて、
やっとよっちゃんの生歌を聴くことができたトニミュの素敵な思い出を胸に、
秋にまた会えるのを心待ちにしてます。
よっちゃん、V6でいてくれてありがとう。
今までもこれからもずっとずっと大好きです。

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